大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決 1991年12月25日

奈良県橿原市東坊城町九二八-四

原告

森本正雄

右訴訟代理人弁護士

松岡康毅

坂口勝

奈良県大和高田市三和町二の一七

被告

葛城税務署長 柴田和利

右指定代理人

田中素子

足立譲

的野珠輝

森並勇

谷久夫

吉村登美子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五七年七月二七日付で原告の昭和五四年分所得税についてした更正処分のうち総所得金額一四〇万円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  被告が、前同日付で原告の昭和五五年分所得税についてした更正処分のうち総所得金額一六〇万円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定部分を取り消す。

3  被告が、前同日付で原告の昭和五六年分所得税についてした更正処分のうち総所得金額一七五万円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の経緯等

原告の昭和五四年、同五五年及び同五六年の各年分の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右各更正処分を本件各更正、右各過少申告加算税の賦課決定処分を本件各決定という。)、原告のした異議申立て、これに対する被告の異議決定、並びに原告のした審査請求、これに対する国税不服審判所長がした裁決の経緯は、別表(一)記載のとおりである。

2  本件処分の違法事由

しかしながら、被告のした本件各更正(いずれも裁決により維持された部分。以下、同じ。)のうち、各確定申告に係る総所得金額を超える部分はいずれも、

(一) 原告に対する調査を十分行わなかった

(二) 原告の各所得を過大に認定した

という違法があり、したがって、また本件各更正を前提としてされた本件各決定も違法である。

よって、原告は、被告に対し、本件各更正のうち右総所得金額を超える部分及び本件各決定の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1の事実は認める。2の主張は争う。

三  被告の主張

原告の昭和五四年分ないし同五六年分(以下、本件係争各年分という。)の事業所得金額は、別表(二)記載のとおりであるから、いずれもその範囲内でされた本件各更正及びこれを前提とする本件各決定に違法はない。

1  原告は、建設業法三条の規定により奈良県知事から、とび、土工工事業の営業許可を受け、「森本組」の屋号により主として建設業を営む、いわゆる白色申告の個人事業者である。

2  本件課税の経緯について

(一) 原告が被告に提出した本件係争各年分の所得税確定申告書には、所得金額欄に所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載がないものであった。

(二) 被告部下職員は、昭和五七年五月七日以降数回にわたって原告方に臨場し、原告に対し、本件係争各年分の申告にかかる所得金額が適正であるかどうかを確認するため調査に来た旨告げたうえ、本件係争各年分に係る所得金額の計算上必要な帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、調査に関係のない第三者の立会いを強要するばかりで、調査に応じようとしなかった。

(三) 被告は、やむを得ず原告の取引先等を調査し、その結果に基づいて本件係争各年分の所得金額を推計の方法により次のとおり算定したところ、いずれも原告の申告額を上回ったので、本件各更正等をなしたものである。

3  原告の事業所得金額について

原告の本件係争各年分の事業所得金額の計算内訳は別表(二)記載のとおりであり、その算出根拠は次のとおりである。

(一) 昭和五四年分

(1) 売上金額 三、五〇三万円

上野工業株式会社(以下、上野工業という。)に対する売上金額である。

(2) 必要経費 二、〇二八万五、六七三円

次の(ア)及び(イ)の合計額である。

(ア) 経費(利子割引料、地代家賃、建物減価償却費及び貸倒損失を除く。以下、同じ。)

三、〇二四万一、三九九円

(1)の売上金額に別表(三)の1記載の同業者の平均経費率〇・八六三三を乗じて算定した。

(算式)

三、五〇三万×〇・八六三三=三、〇二四万一、三九九

(イ)  利子割引料 四万四、二七四円

三和銀行橿原支店(以下、三和銀行という。)からの借入金に対する支払利息である。

(3) 事業所得金額 四七四万四、三二七円

(1)の売上金額から(2)の必要経費を控除した金額である。

(二) 昭和五五年分

(1) 売上金額 四、二〇九万円

上野工業に対する売上金額である。

(2) 必要経費 三、七四六万七、四四六円

次の(ア)及び(イ)の合計額である。

(ア)  経費 三、七四五万一、六八二円

(1)の売上金額に別表(三)の2記載の同業者の平均経費率〇・八八九八を乗じて算定した。

(算式)

四、二〇九万×〇・八八九八=三、七四五万一、六八二

(イ)  利子割引料 一万五、七六四円

三和銀行からの借入金に対する支払利息である。

(3) 事業所得金額 四六二万二、五五四円

(1)の売上金額から(2)の必要経費を控除した金額である。

(三) 昭和五六年分

(1) 売上金額 四、四三八万円

上野工業に対する売上金額である。

(2) 必要経費 三、九三八万二、八八六円

次の(ア)及び(イ)の合計額である。

(ア)  経費 三、九二五万八、五四八円

(1)の売上金額に別表(三)の3記載の同業者の平均経費率〇・八八四六を乗じて算定した。

(算式)

四、四三八万×〇・八八四六=三、九二五万八、五四八

(イ)  利子割引料 一二万四、三三八円

三和銀行からの借入金に対する支払利息である。

(3) 事業所得金額 四九九万七、一一四円

(1)の売上金額から(2)の必要経費を控除した金額である。

4 推計の合理性について

(一) 原告が原告の本件係争各年分の事業所得金額の算定に当たり用いた平均経費率に係る同業者の抽出基準は、原告の住所地を管轄する葛城税務署とこれに隣接する奈良県下の奈良、桜井、吉野税務署及び大阪府下の富田林、八尾税務署並びに原告の売上先が所在する大阪市此花区を管轄する大阪福島税務署ほか、大阪市内の東、西、港、南、浪速、天王寺、北、西淀川、生野、東成、旭、城東、阿倍野、東住吉、西成、住吉、大淀及び東淀川税務署の合計二五税務署管内で、昭和五六年度において建設業法三条の規定により府県知事から、とび、土工工事業の営業許可を得ている者のうち本件係争各年分において青色申告書を提出している者で、次の(1)ないし(7)のすべての条件に該当している者を抽出した。

(1) とび、土工工事業以外の事業を兼業していないこと

原告は、昭和五六年に奈良県知事より、とび、土工工事業の営業許可を受けているので、原告と同じくとび、土工工事業の営業許可を受けている者を選定した。

(2) 売上金額が昭和五四年分について一、七〇〇万円から七、〇〇〇万円まで、昭和五五年分について二、一〇〇万円から八、三〇〇万円まで、昭和五六年分について二、二〇〇万円から八、九〇〇万円までの範囲の者

原告と事業規模を類似させるため、原告が不服審査の際申し立てた係争各年分の売上金額のおおむね上限を二〇〇パーセント、下限を五〇パーセントまでとした。

(3) 材料費の支払がある者については、その支払額が、売上金額に比して一〇パーセント未満の者であること

原告の国税不服審判所長に対する審査請求の際の主張によれば、原告の営業のうち主たる支出は雇人費であって、材料費の支払はないことから、同業者においても、営業のうち主たる支出が雇人費である者を抽出するため、材料費の支払がない者、もしくは材料費の支出がある者については、その支払がわずかな者、すなわち、その支払額が一〇パーセント未満の者とした。

(4) 建設機械等のリース料の支払がある者については、その支払金額が売上金額に比して一〇パーセント未満の者であること

原告の国税不服審判所長に対する審査請求の際の主張によれば、原告は、リース料として、昭和五五年分四七万六、〇〇〇円、昭和五六年分八一万六、〇〇〇円をそれぞれ支払っているところ、右支払額の売上げに対する割合はわずかであるため、同業者においても、リース料の支払がない者、もしくはリース料の支払がある者については原告と同じくそのわずかな者を抽出するため支払額が売上げの一〇パーセント未満の者とした。

(5) 建設機械を保有している者についてはその期末未償却残高が四〇〇万円を超えない者であること

原告は、奈良県知事より、とび、土工工事の営業許可を受ける際、営業許可申請書に添付すべき貸借対照表を提出しており、それに記載された原告の資産状況によると、原告は機械装置を二〇〇万円保有している。そこで、同業者においても、保有機械装置がある者は、右原告保有機械装置の金額の二倍(四〇〇万円)までの者を抽出することにした。

(6) 年間を通じて継続して事業を営んでいること

(7) 不服申立て又は訴訟継続中でないこと

(二) 以上の基準により抽出した同業者は、事業規模等において原告と類似性を有し、しかもその申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、右抽出基準には合理性がある。そして、右業者の抽出は右二五税務署長に対する大阪国税局長の通達に基づき機械的に行われたものであるから、その抽出には恣意の介入する余地はない。

したがって、右同業者の経費率は正確性と普遍性とが担保されているから、これによる推計には合理性が存する。

四  被告の主張に対する認否

1  1の事実のうち、原告が「森本組」の屋号を有するいわゆる白色申告の個人事業者であることは認め、その余の事実は否認する。

2  2(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、被告部下職員が昭和五七年五月七日以降数回にわたって原告方に臨場したこと及び原告に対し本件係争各年分の所得金額を調査に来た旨を告げたことは認め、その余は否認する。同(三)の事実は知らない。

3  3の事実のうち、(一)(1)及び(2)(イ)、(二)(1)並びに(三)(1)の事実は認め、その余は否認する。

4  4の主張は争う。

五  原告の反論

1  質問検査権行使の違法

本件調査においては、質問検査権の行使について、以下の違法があるから、本件各更正及びこれを前提とする本件各決定は違法である。

(一) 質問検査権の行使にあたっては、事前の通知をすべきであるのに、これをしていない。

(二) 質問検査権の行使にあたっては、調査の合理的な必要性、理由が開示されるべきであるのに、被告部下職員は本件調査に当たって本件係争各年分の所得金額が適正なものか否かを確認するため調査に来たと告げるのみであって、これを開示しなかった。

(三) 質問検査権の行使については、合理的な必要性が存在しなければならないから、前年比、同業者比、営業状態等から原告について過少申告を疑うについて相当な理由がなければならないところ、本件ではそのような理由は存在していなかった。

(四) 被告は、市町村の商工会に加入する納税者に対しては、事前の通知をし、右商工会の職員の立会いの下に調査を行っているにもかかわらず、橿原民主商工会(以下、民商という。)に加入する原告に対しては、事前の通知を行わず、また右民商職員の立会いを拒否し、その立会いのある時には調査に入らなかったものであって、これは原告が民商に加入していることを理由として不当に差別したものである。

2  推計の必要性について

原告は、民商の会員として、民商より会計帳簿の記帳の補助を受けており、右民商職員立会いのうえで調査を受けようとしたところ、被告部下職員は、右民商職員の立会いを拒否し、調査を行わずに立ち去ったものであり、原告が正当な理由なく調査を拒否したものではない。したがって、本件推計課税は推計の必要性を欠いている。

3  推計の合理性について

(一) 同業者の選定基準の合理性

被告が推計のために選定した同業者の選定基準は、原告の営業の実態と類似性を有しないから、本件推計課税に合理性はない。

(1) 被告の主張4(一)(1)の基準について

原告が、とび、土工工事の許可を受けたのは、昭和五六年四月二四日であり、それ以前は奈良県知事の許可を受けていない下請業者であったから、許可を受けている業者を選定するのは合理性がない。

(2) 同(3)ないし(5)の基準について

原告の営業内容は労務下請であり、右基準はいずれも右営業内容にそぐわないから合理性がない。

(3) 同(6)の基準について

原告は、昭和五六年末で事実上倒産し、廃業のやむなきに至ったのであるから、営業の継続を可能とする業者を選定するのは合理性がない。

(4) 原告の営業の特殊事情

原告の営業内容は、末端下請の労務下請が中心であり、経費のかさむ遠隔地の作業現場での作業を主体とするものであるから、この点を考慮しない本件推計課税に合理性はない。

(二) 事業所得の実額

原告の本件係争各年分の事業所得の実額及びその内訳は別表(四)のとおりであり、そのうちの経費の内訳は別表(五)のとおりである。

六  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告の反論1(一)及び(二)の主張のうち、被告が事前の通知及び調査の個別的具体的な必要性、理由の開示をしなかったことは認め、その余は争う。

質問検査の実施の日時場所の事前通知、調査の理由、範囲の個別的具体的な告知については、質問検査を行う上での法律上一律の条件とされているわけではないから、これを欠く場合でも、社会通念上相当な限度内で行われる限り、その税務調査は適法である。

2  同1(三)の主張は争う。

税務署長のする調査は納税義務者が税法の規定に従って正当な納税義務を果たしているかどうか、もし納税義務が果たされていないと認められるときは正当な課税標準等がいくらであるかを判断するために行われるものであって、原則として、すべての納税義務者について常にこれらを調査すべき職責がある。右の目的を達成するためには、必要な事項について調査を制限されるべき理由はなく、社会通念上相当と認められる限り、合目的的な裁量に委ねられている。

3  同1(四)の主張は争う。

税務代理行為に関する有資格者でない一般第三者には税務調査に際して立会う権限はないから、民商職員の立会いを拒否したからといって本件調査が違法になるものではない。

4  同2の主張は争う。

原告は、被告の再三にわたる調査協力の要請にもかかわらず、帳簿書類等の提示をせず、何らの協力を行わなかったばかりか、第三者の立会いを強要する等調査に非協力的な態度で終始したため、被告はやむをえず本件推計課税に及んだものである。

5  同3(一)(1)及び(2)の主張は争う。

6  同3(一)(3)の主張のうち、原告が昭和五七年中に廃業したことは認め、その余は争う。

原告が、とび、土工工事業を廃業したのは事業不振によるものではなく、たんなる原告の個人的事情による商売替えにすぎない。

7  同3(二)の主張のうち、昭和五四年分の利子割引料は認める。売上金額は知らない。その余はいずれも否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人目録各記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因一(本件処分の経緯等)は当事者間に争いがない。

二  本件税務調査における質問検査権行使の違法について

1  質問検査を含めて税務調査の手続は、課税庁が、課税処分をなすために、課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査する手続であるが、その手続に法令違反ないしは権限ある税務職員の著しい裁量権の逸脱があり、その程度が重大なものである場合には、課税処分の取消原因となるものと解すべきである。

2  本件の原告に対する質問検査に際して、被告が事前の通知(原告の反論1(一))及び調査の個別的、具体的な必要性、理由の開示(同1(二))をいずれもしていないことは当事者間に争いがないが、これらはいずれも質問検査を行うについての法律上一律の要件とされているものではなく、それぞれの内容からみて、これらの通知ないし開示を欠くことにより本件につき原告に著しい不利益を与えたものと認めるに足りる証拠はないから、右通知等の欠如が本件処分の取消原因となるものとは解されない。

3  次に、本件質問検査権の行使の合理的な必要性(同1(三))の有無について検討すると、成立に争いのない乙四ないし六、証人多川成嗣及び弁論の全趣旨によれば、原告が被告に提出した本件係争各年分の所得税確定申告書には、所得金額欄に所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載が一切なく、所得金額の計算基礎を欠いていたところから、原告が右各確定申告書に記載した本件係争各年分の所得金額が適正なものか否かを確認する必要があるとして、被告はその部下職員の右多川調査官をして昭和五七年五月七日以降数回にわたって原告方に臨場させるなどして、税務調査をしたことが認められるのであって、このような経緯からみると、被告が質問検査権を行使する必要性が存在するものと判断したことが、前記の程度の違法性を有するものとは解されない。

4  最後に、原告が民商に加入していることを理由として本件税務調査に際し差別的取扱をした旨の主張(同1(四))について検討すると、証人東信治の証言中には、橿原市の商工会に加入する納税者に対して、事前に通知したうえ、右商工会の職員の立会いの下に税務調査を開始したのを目撃した旨述べる部分がある。しかし、前記多川証言によれば、原告に対する前記の税務調査に際し、被告の部下職員である多川調査官は、原告の要請で立会しようとした民商事務局長東信治の立会を拒絶したが、この措置を採ったのは、その上司である統括官の指示に従い、税理士等の資格のない第三者の立会を認めることにより、公務員の守秘義務に違反するおそれがあり、また、税理士法違反の行為を容認する結果となると判断したためであることが認められるのであって、この判断は、その内容からみても、質問検査の実施に関して被告の部下職員が有する裁量権を逸脱ないし濫用するものとはいえないし、反面、調査の時期、対象、第三者と被調査者との関係など具体的状況により、第三者を立会わせることにより前記の違反が生じるおそれがないものとして、立会を容認することも右裁量権に属する場合があるものというべきである。従って、前記東証言のような事実があるとしても、直ちに本件で立会拒否したことが違法と評価することは相当ではない。また、本件で提出された各証拠を検討しても、被告が原告を民商に加入していることを理由として差別する意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本項の主張の点に関しても、本件処分の取消原因となるような違法事由があるものとは解されない。

三  推計の必要性について

1  被告が原告の取引先等を調査し、その結果に基づいて本件係争各年分の所得金額を推計の方法により算定したことは被告の認めるところである。

2  証人多川、東及び森本ヒサコの各証言並びに原告本人の供述によれば、以下の事実が認められる。

(一)  昭和五七年五月七日、前記多川調査官は、原告方に行って原告本人と面接し、本件係争各年分の所得税の調査に来たことを告げ、原告からその事業内容、取引先等を聞いたうえ、原告に確定申告の基となった帳簿及び原始記録等の提示を求めたが、原告は、それらを民商の方に預けてある旨述べて提示しなかった。そこで、右調査官は、原告との間で、同月一一日を次の調査日とすることを決めるとともに、原告に対して、調査に関係のない第三者が立会うと公務員に課せられた守秘義務、あるいは税理士法違反のおそれがあることを理由に、右の第三者を立会わせないように頼んだうえ、同日はそのまま帰署した。

(二)  右指定の同月一一日、多川調査官が原告方に行ったところ、原告と前記東がいたため、同調査官は、原告に対して、前項と同様の理由を説明して第三者を立ち退かせることを要請するとともに、関係帳簿の提示を求めた。しかし、原告は、「こちらが頼んだので、帰ってもらう必要はない。」とか「信頼関係があるので、事業内容を聞かれても構わない。」などと言って、右調査官の要請には応じず、帳簿等の提出をしようともしなかった。そこで、同調査官はそれ以上説得しても原告の協力は得られないものと判断して、そのまま帰署した。

(三)  さらに、同月二七日、同調査官は、原告方に行ったが、原告が不在だったため、その妻に対して調査の経過を説明して調査に協力するよう頼むとともに、調査の際には第三者を立会わさないようにすることも要望し、都合の良い調査日時を連絡するように依頼して帰署した、その後原告からの連絡はなかった。

(四)  そのため同年七月七日にも同調査官は原告宅に行ったが、本人が不在であったため、その妻に対して同日までの調査経過を説明したうえ、帳簿ないし原始記録の提示を依頼するとともに原告においてさらに所得金額の検討をし、その結果を翌八日午前九時頃に電話連絡することを依頼して帰署した。そして、同日、民商の人から原告の件につき電話があって、同調査官から同人に原告本人が連絡するように依頼したことがあったが、その後原告から何らの連絡もなかった。

以上の事実が認められ、証人森本の証言及び原告本人の供述は右認定を覆すに足りないし、他にこのような証拠はない。

3  右認定事実によれば、原告は、被告部下職員の本件税務調査にあたり、本件係争各年分の所得を実額で算定するに必要な帳簿書類等の提示要請に応じず、右調査について非協力的態度に終始したものと解さざるを得ないのであって、そのため、被告において、原告の本件係争各年分の所得金額を実額で把握することができなかったのであるから、本件各更正時点において、推計課税の必要性があったものというべきであり、被告が推計によって原告の右所得金額を算出したうえ、本件各更正等を行ったことが違法とはいえない。

四  推計の合理性

1  被告は、原告の本件係争各年分の事業所得金額の算定にあたり、原告の取引先である上野工業に対する別表(二)の各売上金額(この金額はいずれも原告の認めるところである)から、別表(三)の各同業者の平均経費率を右当該年度の売上金額に乗じて得た経費と利子割引料とを控除した金額を事業所得金額としている。

2  そこで、右経費の推計の合理性について検討する。

(一)  成立に争いのない乙一の1ないし26及び証人西岡達雄の証言によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

大阪国税局長は、昭和五九年六月二五日付で、原告の住所地を管轄する葛城税務署とこれに隣接する奈良県下の奈良、桜井、吉野税務署及び大阪府下の富田林、八尾税務署並びに原告の売上先が所在する大阪市此花区を管轄する大阪福島税務署ほか、大阪市内の東、西、港、南、浪速、天王寺、北、西淀川、生野、東成、旭、城東、阿倍野、東住吉、西成、住吉、大淀及び東淀川税務署の合計二五税務署の署長に対して「同業者調査表の提出について」と題する通達を発生主義、右各税務署管内で、昭和五六年度において建設業法三条の規定により府県知事からとび、土工工事業の営業許可を得ている者のうち、本件係争各年分において青色申告書を提出している者で、次の(1)ないし(7)のすべての条件に該当している者の課税実績の報告を求め、その結果に基づき別表(三)記載の各同業者を抽出した。

(1) とび、土工工事業以外の事業を兼業していないこと

(2) 売上金額が昭和五四年分について一、七〇〇万円から七、〇〇〇万円まで、昭和五五年分について二、一〇〇万円から八、三〇〇万円まで、昭和五六年分について二、二〇〇万円から八、九〇〇万円までの範囲の者

(3) 材料費の支払がある者については、その支払額が、売上金額に比して一〇パーセント未満の者であること

(4) 建設機械等のリース料の支払がある者については、その支払金額が売上金額に比して一〇パーセント未満の者であること

(5) 建設機械を保有している者についてはその期末未償却残高が四〇〇万円を超えない者であること

(6) 年間を通じて継続して事業を営んでいること

(7) 不服申立てまたは訴訟継続中でないこと

(二)  右認定事実によれば、原告の一般経費を算出する目的で選定された比準同業者は、いずれも青色申告者であるから、その経費の算出根拠となる資料の正確性は一般的に担保されているものというべきであり、また、前記の選定基準の各内容等からみても、前記選定にあたり各税務署長の恣意の介入する余地があるものとはいえない。そして、選定された同業者の数についても、昭和五四年分につき一九名、昭和五五年分につき二五名、昭和五六年分につき二四名であり、そのいずれも同業者の個別性を平均化するに足りる選定件数と解される。また、原告の前記売上金額からみると、前記選定基準(2)の売上金額の範囲の設定も相当というべきである。

ところで、原告は同基準(1)の合理性を争うが、原告が昭和五六年に奈良県知事より、建設業法三条に基づくとび、土工工事業の営業許可を受けていることは当事者間に争いがなく、証人松本忠由の証言、原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五二年から右営業許可以降も継続的に上野工業の下請をしており、その仕事の内容は、その約八〇パーセントが現場において橋桁に架ける作業であり、その内にはコンクリート打ち、ボルト締め、足場組み、その取り払いなどの作業が含まれていることが認められるのであり、これらの事情を考慮すると、とび、土工工事事業者を比準同業者としたことは相当というべきである。

次に、原告は、同基準(3)ないし(5)についても、原告の営業内容にそぐわないとして合理性を争うが、成立に争いのない乙二及び弁論の全趣旨によれば、原告が国税不服審判所長に対する審査請求の際に、材料費の支払はなく、また、リース料として昭和五五年分四七万六、〇〇〇円、昭和五六年分八一万六、〇〇〇円を支払った旨主張していたことから、これらの点を考慮して、材料費及び建設機械等のリース料の支払額が売上金額の一〇パーセント未満の業者を選定したものであることが認められるから、(3)、(4)の基準設定は相当というべきである。また、同基準(5)についても、証人西岡の証言により真正に成立したものと認められる乙三によれば、原告は、前記のとび、土工工事の営業許可を受ける際に提出した昭和五五年一二月三一日時点の貸借対照表には機械装置二〇〇万円の記載がなされていることが認められるところ、前記(5)の基準では、右金額の二倍を超えない建設機械の保有者に比準業者を限定していることがうかがわれるから、原告が現実に右の評価程度の建設機械を現実に保有しているか否かに拘らず、このように保有額を低額に限定することにより近似業者を選定するものとして、合理性があることは否定できない。

次に、原告は、前記(6)の基準についても、昭和五六年末で事実上倒産し廃業したとして、その合理性を争うが、原告本人の供述によれば、原告は昭和五七年二月頃廃業するに至っていることが認められるのであって、昭和五六年中は営業を継続していなかった時期があったことを認めるに足る証拠はないから、右基準を設けたことが合理性を欠くものとはいえない。

最後に原告は、その営業内容が経費のかさむ遠隔地の作業現場での作業を主体とする労務下請が中心であるとして、前記基準の合理性を争っており、原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、上野工業の専属的な下請業者であって、その仕事内容は労務中心で遠隔地の作業現場での作業が大半を占めることが認められるが、証人松本の証言によれば、原告のように遠隔地での作業を請負う場合、旅館代等の諸経費は請負代金に加算されて支払われることが認められるのであり、この加算がなされても遠隔地で作業する場合は近隣で行われるのに比して、一般的に経費がかさむという事情(右証言により認定)があるとしても、前記の各年度における比準業者数も考慮すると、右のような事情は、本件のような平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著な事情とは解されない。

以上に検討したところによれば、原告の一般経費を算出する目的で選定された比準同業者の選定基準は合理的なものというべきであり、右経費率を適用して原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計することは合理性があると認めることができる。

五  原告の実額主張について

1  原告は、その本件係争各年分の事業所得の実額及びその内訳は別表(四)のとおりであるとし、被告主張の推計により算定した所得金額を争っている。

ところで、原告主張の本件係争各年分の売上金額(別表(四)の同欄に記載)は、いずれも被告主張の売上金額に一致しているが、被告の主張額は原告の上野工業に対する売上金額のみを計上していることは前記のとおりである。ところで、納税者である原告がいわゆる実額反証として実額で所得金額を主張する場合、その全ての取引先に対する全ての売上金額である総収入金額とこれに対応する必要経費の立証が必要であるが、成立に争いのない甲一三(原告の国民金融公庫に対する借入申込書)によれば、原告は、昭和五五年一月頃右借入申込をするに際し、その申込書に運転資金二五〇万円が必要となった理由として新たな得意先ができたことを記載していることが認められ、また、原告本人の供述によれば、原告は本件係争各年分当時その営業のため六ないし一〇名の作業員を雇用していたが、自らの仕事を抱えていない暇な時には右作業員を他の親方に回してやる場合があることが認められるのであり、右認定事実によると、原告には上野工業以外にも取引先があって売上がある疑いがあるが、これらの疑いを解消し、さらに原告の売上が上野工業に対するもののみであって、他に存在しないことについて適確な立証はない。

そうすると、前記の実額反証の要件である総収入額の立証がないものというべきであるから、原告の本主張はこの点で採用できない。

2  また、原告は、本件係争各年分の経費及び利子割引料の実額は別表(四)のとおりであり、右経費の内訳は別表(五)のとおりであるとして、被告のこれらについての主張額(経費は推計額)を不当と主張している。

(一)  そこで、まず、右経費中の最も金額の多い労務費について検討すると、成立に争いのない乙七の1、2、5いし24、原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、その取引先の上野工業に対して毎日の仕事の内容、人数等を記載した作業日報(乙7の2)を一か月に一回まとめて提出していたが、同社はこれに基づいて出面帳と称する労災保険の関係に使用する目的の帳簿(乙七の5ないし24)を作成していたこと、原告は、昭和五七年二月頃廃業した際に右取引に関する領収書、作業日報等全ての原始資料を廃棄し、その手元にこれが残存していなかったため、右出面帳を上野工業から借り受け、その記載を手がかりとして自らの記憶にもとづき作業日報、人員も付加して甲一の1ないし48(以下「修正出面帳」という。)を作成したこと、原告はこの修正出面帳の作業日数ないし人数を基に自らの記憶による当時の日当額(単価)を乗じて前記の労務費を算出していることが認められる。

ところで、乙七の5ないし24とこれに符号する期間についての修正出面帳の記載を比較すると(成立に争いのない乙九ではその具体的な相違部分が示されている)、作業日報ないし人数は後者の方が多くなっていることが明らかである。このように増加して記載した理由について、原告本人は、修正出面帳(甲一の37)に新たに記載した作業員が現実に作業に従事したかはっきり判らないと述べているほか、作業員が怪我等により作業できなかった場合に、本来労災扱いとされるべきであるのに、元請業者からの労災隠しの指示があったため、原告が私傷病扱いにして休業補償の意味で給料を支払っていたのを記載したと述べ、また、訴外加納修に対する支払(甲一の41)につき、同人が原告の妻の遠縁に当たり、昭和五六年五月に結婚したため、その面倒を見る意味で給料を支払ったと述べ、さらに、四名の作業員(甲一の44ないし47に記載)につき、同人らから失業保険を不正受給しているので出面帳には記載しないように頼まれたため、当時作成した出面帳には記載されず、修正出面帳に始めて記載するに至ったと述べており、また、修正出面帳の「手持ち」の記載については、これは、仕事が急にできなくなったときや、仕事が終わって次の仕事にかかる間に人夫を確保するために、日当の六割程度を支払った旨述べている。これらの原告の供述部分については、その内容自体からいって一般的には直ちに首肯しがたいものも含まれるうえ、前記のように修正出面帳には上野工業の記載以上の作業員、作業従事日数が記載されているのに、原告は当初修正出面帳の作業員名、<出>の記載部分は上野工業の作成によるものである旨主張していたこと(原告の昭和六〇年九月二六日付準備書面)、原告が修正出面帳に付加記入した作業員、その従事日数、「手持ち」日数や期間等については、これらを具体的に記載した裏付けとなる原始資料が存在しないことは前記のとおりであることを考慮すると、修正出面帳は、その正確性に疑問があって本件係争各年分における原告の支払労務額の実額認定の資料とすることはできないものといわざるを得ないし、また、右修正出面帳の作業員数、日数等を基に作成された(証人東の証言により認定)甲六の1ないし3も同様に右認定資料とすることはできない。

(二)  次に、宿泊費について検討すると、証人東の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件係争各年分の宿泊者数を修正出面帳を根拠として算出し、これに一泊当たりの宿泊費を乗じて得た金額を宿泊費の実額として主張していることが認められるが、右一泊当たりの宿泊費の一部(甲一の42ないし48に記載のもの)は、調査嘱託の結果により明らかな当時の宿泊費額と相違するものがあるうえ、前項のように修正出面帳の作業員数ないし日数の記載がそのまま採用しがたい以上、原告の宿泊費の実額主張額は採用しがたいものといわなければならない。

(三)  また、その他の経費である旅費交通費、給食代、保険料、現場経費、車リース代、外注工賃については、原告本人の供述中に一部その存在をうかがわせる部分があるが、明確なものではなく、右各支払の事実を認めるに足りる領収書等の具体的証拠の提出はないから、これらの費用についての実額主張は採用できない。

(四)  次に、前記経費中の電話代について検討すると、証人東の証言、これにより真正に成立したものと認められる甲二の1ないし4及び八によれば、原告が本件係争各年分に電話代としてそれぞれ原告主張の金額の支払をしていることが認められるが、右各証拠ないし本件で提出された各証拠を検討しても、原告が自己の使用電話を個人用と事業用に区別して使用していたことないしは前記支払電話料が原告の事業に関するものであることを認めがたいから、原告の電話代の実額主張も採用できない。

(五)  次に、原告は、利子割引料として昭和五五年及び同五六年分につき被告主張額に加算した額を主張しているので、この点について検討すると、前掲甲二の2ないし4及び原告本人の供述によれば、原告は、国民金融公庫から金二〇〇万円を借り受けて昭和五五年二月二〇日に自己の三和銀行の預金口座に振込みを受け、同年三月以降は毎月その返済として金六万三、四四〇円から順次減額した金員を支払っていたことが認められ、前掲甲八及び弁論の全趣旨によれば、原告は右の毎月の支払額から金五万円を差引いた残額を支払利子額と主張していることが認められるが、右毎月の支払額のうち元利金に充当されるべき各金額が明らかにされて居らず、結局原告主張の金額がその主張の利子額であることが明らかでないから、原告の本主張も採用できない。

(六)  以上に検討したところによれば、原告主張の経費実額ないし利子割引料が存在することは認めがたいし、また、被告主張の必要経費額を超える額の経費の存在も認めがたいといわなければならない。

六  以上の判断に基づき、原告の本件係争各年分の事業所得金額を算出すると、別表(二)の当事者間に争いのない各売上金額から、同金額に別表(三)の1ないし3の当該年度における同業者の平均経費率を乗じて得た別表(二)の各経費額及び同表の各利子割引料(昭和五四年分については前記のとおり当事者間に争いがなく、昭和五五及び五六年分については、前記の原告主張の借入金二〇〇万円に関する分を控除すると、原、被告の主張額は一致している)を差引いた別表(二)の各事業所得金額となる。

七  そうすると、原告の本件係争各年分の所得金額は、いずれも本件各更正(ただし、昭和五五年、同五六年分については、いずれも国税不服審判所長の裁決により一部取消されたもの)における認定額(別表(一)記載)を超えるから、その範囲内でなされた本件各更正(ただし、昭和五五年、同五六年分については右の一部取消されたもの)に原告の所得を過大に認定した違法はなく、また、これに伴う本件各決定も同様に違法はないというべきである。

八  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 山田賢 裁判官伊名波宏二は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 大石貢二)

別表(一)

申告・更正等の経過

<省略>

別表(二)

原告の事業所得金額

<省略>

別表(三)の1

同業者の経費率表 昭和54年分

<省略>

<省略>

別表(三)の2

同業者の経費率表 昭和55年分

<省略>

<省略>

別表(三)の3

同業者の経費率表 昭和56年分

<省略>

<省略>

別表(四)

<省略>

別表(五)

経費の内訳

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例